延床面積18坪。美しきモミジと松林を眺めるコテージのような家

12月初旬。まだ新潟に本格的な冬が来る直前の、快晴の日にO邸を訪れた。
O邸が立つのは、新潟市西区の海岸まで約300m程の場所。しかし、そこから見えるのは海ではなく林だ。海と住宅街の間には海風を防ぐ松林が広がっており、O邸はその松林に面した住宅街の端に位置している。
松林と聞くと、松だけが広がっているように思えるが、家のすぐ目の前にはモミジが鮮やかに紅葉していた。その奥に背の高い緑の松の林が広がり、色彩と奥行き感に富んだ景色がそこにあった。

80坪の土地に立つ、18坪の小さな家

この住宅を手掛けたのは、狭小住宅に特化した家づくりを行うネイティブディメンションズ一級建築士事務所の鈴木淳さん。
80坪というゆとりある敷地に、延床面積18坪の小さな家が立っている。手前は家庭菜園で、敷地の奥は広大な松林だ。新潟市西区の住宅街とは思えない豊かな自然を感じられる。
外観を見ると玄関前から駐車スペースまで庇が伸びている。これは車の乗り降りの際に雨に当たらないようにという鈴木さんの配慮でデザインされたものだ。

引き戸を開けて中に入ると、高天井の空間が広がっていた。

正面奥には高窓が設けられ、そこから空が見える。
土間から階段が伸びているが、それは1mもの高さがある基礎を採用しているからだ。基礎の高さを上げることで、床下部分に大空間をつくることができ、延床面積18坪ながらも収納スペースをしっかり確保できている。

高さ1mの床下収納はお嬢さんもお気に入りの場所。

また、基礎内を断熱し、床下を室内空間として捉えるのも特徴だ。床下に取り付けたエアコンで床下空間を暖め、そこから床と屋内の空気全体を暖める暖房システムを採用している。
高気密高断熱仕様を前提にした仕組みで、真冬でも家全体がちょうどいい暖かさに包まれる。省エネ性が高く、特殊な設備を使わないためイニシャルコストも抑えられる。
そんなO邸だが、この玄関部分はあえて断熱をしていないという。断熱をしないことで、土間や小屋のような雑多に使える場所としているからだ。
普段使う靴はもちろん、家庭菜園で使う道具や長靴、自転車などをここに置いている。

「冬は外のように気温が低いので、野菜を保管しておくのにも便利ですね」と奥様。

土地に素直に従い、北側に開く

玄関内の階段を上がり、断熱ドアを開いたところが1階の居室だ。床はヒノキの無垢材が使われており、見た目も感触も優しく柔らかい。
右はキッチン、右奥には洗面脱衣室・浴室・トイレが集約されており、左側は大きなテーブルが伸びるダイニング兼リビングだ。

アースカラーの塗装仕上げの壁が、かつての日本家屋の土壁のような落ち着きを醸し出す。

リビングの上は吹き抜けで、2階のロフトのさらに上の天井まで目線が伸びていく。そして、窓はその吹き抜けに合わせて縦方向に連なっている。
窓の外に見えるのは、モミジと松林だ。

2階で談笑する鈴木さん(左)とOさん(右)。

室内から見るその豊かな景色は、意外にも外から見るよりも迫力があり、色も鮮やかに感じられる。それは、この建物が北向きに開いているからだ。住宅は日当たりがいい南側に開くのが一般的だが、O邸の場合はその逆だ。
「このロケーションの場合、気持ちのいい北側に開くのが土地に対して素直な考え方」と鈴木さん。

北側の景色は太陽の光が順光で当たるため、南側の景色よりも鮮やかに見える。そして、光が抑えられた室内とのギャップもあり、一層彩度が強く感じられる。
「掃き出し窓を開ければウッドデッキと繋がります。ここでバーベキューをしたり、ベンチを出してごはんを食べたり、子どもをプールで遊ばせたり。窓を開けておくだけでリビングが外のようになるのもいいですね。景色が良くて落ち着くので、この家に住んでからお酒を飲む時間が楽しみになりましたね」(ご主人)。

「休日に出掛けても、家に早く帰ろうとするんです(笑)」(奥様)。
「今まで外に求めていたものが家で満たされるようになったんだと思います。外食も以前よりしなくなりましたし。あと、この家に住んでから物をむやみに買わなくなりましたね。お酒以外買っていないかも(笑)」(ご主人)。

水回りは賢く無駄のない配置に

コンパクトにまとめられた1階にはキッチンと水回りが無駄なくレイアウトされている。

「ライフスタイルに関する書籍を出している石黒智子さんのキッチンの考え方に共感して、石黒さんの自宅のキッチンを参考につくって頂きました。掃除がしやすいタイルの壁、汚れが目立ちにくい濃い色の目地などがそうですね。あと、私は同時に複数のことをするのが苦手なんですが、この壁付けのキッチンは料理に集中しやすくて自分に合っていますね」(奥様)。
キッチンの背面には無印良品のシェルフが収められているが、そのサイズに合わせた寸法で壁をつくっているので造作家具のようにきれいに収まっている。雑多になりがちな部分でもあるが、そこはリビング側から見えないように配置も工夫されている。
キッチンの隣にある洗面脱衣室・トイレ・浴室は、パズルのように組み合わせられ、最小限の空間にレイアウト。

細長い洗面脱衣室。左のドアはトイレ、右の引き戸を開けるとリビングにつながる。

トイレと浴室の間に洗濯機が入るだけのスペースを確保するなど、無駄のない設計だ。

「最初は服を脱ぐ時に少し狭いのが気になっていたんですが、次第に慣れていきました。トイレや歯磨きで家族がバッティングすることもありましたが、それは互いに気を遣い合えばいい話。狭いからダメということではないですね」(ご主人)。

小さな2階の開放的な寝室

次に階段を登り、2階へ上がった。
2階には、小さな廊下と寝室、そしてクローゼットがある。細長い7.5畳の寝室は、廊下から一段上がった場所にあり、コンパクトな空間ながらもその段差が寝室に部屋としての品格を与えているようでもある。

寝室は引き戸で仕切って独立させることもできるが、普段は閉じることなく開放的に使っているという。

家族3人のベッドが並んでいるが、そこから見る松林もまた迫力があり、まるで林の中に住んでいるかのような気分にさせてくれる。

面積の小さい2階だが、吹き抜けを介してリビングと繋がっているので開放感が得られ、いつでも家族の気配が感じられる。

寝室は将来的に梁のラインで間仕切りをして2部屋に分けることもできるが、実際に仕切るかどうかはまだ決めていない。「私たちが鈴木さんに家づくりを依頼しようと思った理由の一つに、鈴木さんの家族の在り方があります。2人の娘さんと夫婦の4人がそれぞれ自由で伸び伸びとしているんですが、すごく仲が良くて、誰も個室を必要としていないんです。そういう家族でありたいと思いましたし、これからの暮らし方をじっくり考えさせられましたね」(ご主人)。
さらに2階の上にはロフトがある。寝室のデスクの横から上がれるのが娘さん用のロフト、廊下側から上がれるのがご主人が籠もるためのロフトだ。

天井が近い小さな空間は、仕切られていないのに不思議と個室感があり落ち着ける。

ご主人のロフトからは松林が見下ろせる。

外の寒さを忘れる快適な温熱環境

この日は、ネイティブディメンションズで家づくりを検討中のSさん家族も見学に訪れた。利便性や広さを確認し、鈴木さんから設計の特徴を、Oさんから住み心地や使いやすさを説明してもらっていた。

一通り見学を終えて席に着く。長いダイニングテーブルを大人6人と子ども2人で囲んだが、そこにはまだ余裕があった。

Sさん家族が座った位置は、窓の外の景色が最も美しく見えるこのリビングの特等席。

晴れてはいたが、風が冷たい日だった。しかし、そんな外の寒さが全く分からないくらい家の中は適温に保たれており、Sさん家族も外の景色を眺めながらゆったりとくつろいでいた。そのリラックスした雰囲気に、そこに集まっていた誰もが自然と笑顔を浮かべていた。

「家を建てようと考え始めた時は、断熱性能の高い家に住みたいと思っていましたが、小さな家にしたいとは考えていませんでした。でも、鈴木さんと出会い、時間を掛けながらどんなライフスタイルを送りたいかを夫婦で真剣に考えるようになって、鈴木さんの提案するミニストックという家や暮らし方に共感するようになりました」(ご主人)。

「それから、前住んでいたアパートは湿気がひどくて、娘が副鼻炎になって鼻水や咳をよくしていたんですが、この家に住んでから空気が常にクリーンなので健康になりましたね。あと、冬に家の中で服を着込むことがなくなりましたし、真冬でも夏と同じ布団で過ごせるのがいいですね」(奥様)。
コンパクトな家だが、Oさん家族の暮らしから窮屈さは全く感じさせない。体にフィットした服を上手に着こなすように、家がOさん家族にぴたりとフィットしているようだった。
そして、小さな家の中の色々なところに居心地のいい居場所があるのもO邸の特徴だ。リビングはもちろんのこと、2階の廊下や寝室、ロフトやウッドデッキなど、バリエーション豊かな居場所がそこかしこにある。そして、それらが仕切られていないため、窮屈さを感じさせない生活が実現できている。
鈴木さんが提唱する「ミニストック」は、建物のボリュームこそ小さいが、その中の暮らしはむしろゆとりを感じさせるもの。
家をどう使うのか?どのように家族で暮らしていきたいのか?Oさん夫婦が時間を掛けて考え抜いたライフスタイルの先にミニストックという答えがあった。

O邸
所在地 新潟市西区
延床面積 60.04㎡(18.13坪)
1階32.27㎡(9.74坪) 2階22.77㎡(6.87坪)
竣工 2017年11月
施工 有限会社仲村建設
(写真・文/鈴木亮平

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